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  • 執筆者の写真石田眞一郎

皆様、こんにちは!石田しんいちろうです。

今朝は、戦災死者慰霊式に参加しました。

79年前の10時20分頃に久留米市は米軍による空襲にあい、214名の尊い市民の命が犠牲になりました。2万人近い方達が罹災し、久留米市は焦土と化しました。

 亡き祖母は、生前に空襲のことを私たちに話していました。祖母も小学生ぐらいでしたが、幼い祖母の妹は空襲がなにかわからなかったのですが、『戦争えっか(えすか)』とよく言っていたようで、やはり幼い子どもたちも沢山感じるものがあったんだろうなと話を聞いて思いました。

私は、中学生から高校生の間まで、毎年8月に平和のためのチャリティーコンサートの運営に携わり、演奏を重ねてきました。学習会で沖縄に行ったり、長崎、広島にも足を運びました。

老若男女を問わない市民運動に中学生の時から参加し、平和を訴えてきたことは、とても貴重な体験でしたし、これは私にとって政治家になりたいと思うきっかけにもなりました。

これまで、太平洋戦争後、日本は戦争にほとんど参加しない平和国家でありました。そういうこともあり、海外に出て私は戦争をしない国、日本の日本人として苦労することは、ありませんでした。

今の日本は、どうでしょうか?私が留学した2013年から10年かけて、かなり変わってきましたし、海外に住んでいると風当たりが強くなったように感じることもありました。

国家同士の戦い、戦争でそこに巻き込まれるのが、国民です。以前マスコミを通して、国民感情が煽られて、戦争になることもありましたよね?

平和という言葉を使うことが減ってきて、純粋な平和活動もほとんどありません。

私たち国民一人一人が常に平和を祈り、これからも、戦争に参加しない、関与しない平和国家を目指していかないといけないと私は考えます。

石田しんいちろう



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